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佐々木明里FB

私たちは、いのちとつながりたいんだ

ふと、自分の周りの景色が不思議になる。
あまりにも人工物に囲まれていることに驚く。

現代、とくに都会って、分離感をわざわざ強めているみたい。

都会はまるで「死」の中で生きているみたい。エネルギー的には。
疲れるのって当たり前なのかなぁ。

アスファルト、コンクリートの建物(木でもたいして変わんないけど)みたいな、
無機物で自分の周りを囲む。
エネルギーがないわけじゃないけど、草とか、土とか、木とかに比べたら、ずっと低い。
エネルギーが遮断される感覚。
なんだか支えてくれるものがない感覚。
自分ひとりで立っていなきゃいけないんだ、と体が緊張していない?


私たちって、他の存在のエネルギーを感じて、その「感覚する」自分を認識することで、
自分の存在を確かめているところがある。
目の前の人、動物、植物。
そういう存在と触れると、無意識でも、その存在との間につながりができるんだ。
エネルギーを感じあう。


だから、周りにエネルギーを感じさせるものがなくなると、
無意識にエネルギーを感じさせてくれるものを求めようとする。不安になる。



無機物に、囲まれていて、生身のものといえば、ひと。
だから、都会では不自然なくらいにひとと繋がろうとする。それを求める。
すがろうとする。
だから執着する、依存する。
執着するからねじれが生まれて、ドロドロする。重くなる。

都会って、人とつながることを遠ざけているようで、
ピンポイントな近い関係ではものすごく依存しているんじゃないかと思うんだ。
自分の存在価値をそこに求めてしまうくらいに。 


それって、人工物に囲まれていることと、
無関係ではないんだと感じたんだ。

生命に囲まれたところで生きるのが、本当は自然で。
いのちの中で生きていたいもので。

土に触れているうちになんとなく元気になっていく。
森の中にいると気分が晴れる。
それはきっと生きているエネルギーに満たされていくからなんだ。

どんなに「私はそういうエネルギーとか何も感じない」と言っている人でさえ、
当たり前のように、エネルギーを感じて生きているんだと思うんだよ。

人とつながりたいって、
根源的な欲求のようにも聞こえるけど、
きっと、そうじゃなくて。 

私たちがほんとうに繋がりたいのはきっと、人じゃなくて、いのちなんだよ。
生命のエネルギー。
木も、土も、花も、動物も、、、人は、そのうちのひとつ。

生きているものの中で、
いのちに囲まれて生きていきたいんだ。

いのちに囲まれていることで、
自分も「いのち」であることを感じるんだ。

木と、響きあうから。
土と、鳥と、たんぽぽと、ミミズと、、、

たくさんの存在と、響きあうから。



いのちはいのちと響きあうんだ。 

 

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