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佐々木明里FB

何かしていなきゃの呪い

今、している仕事が必要なくなったらどうしますか??
必要ないものだとしたらどうしますか??


地球は「何かしていなきゃの呪い」にかかっているんじゃないかと思うの。
とくにいわゆる「先進国」とかね。

仕事もそう。
人間関係もそう。
人生もそう。

「しなくてもいいこと」を「山のようにしている」ように見えてしょうがないときがあるんです。

私が感じるのは、この世界のほとんどの人は、
「何もやることがない状態」を恐れているんじゃないかということ。

仕事(=何かすること)で価値を得ている、と、思っている・・・ように見える。

お金を得るための仕事もそうだし、
家事をすることだったり、
子供を育てることだったり、
誰かを手伝うことだったり、
役割を演じることだったり。

「だから」自分は生きてていいんだ、

と、思おうとしていたりね。
(私もそういうところあるとも思うけどね)


そう、「自分が自分であるから」自分は生きてていいんだ、とかもね。
自分という役割を生きているから、生きてていいんだ、とかもね。

それがないと、
何していいかわからなくなっちゃうから。
目的がなければ、自分の人生に意味を感じられなくなってしまうから。

だけど、
意味を感じようとして、
意味を生み出そうとして、
どれだけ「意味のないこと」をしているんだろう、と思うときがあるのです。



お金を稼ぐための「仕事」なんかもね。

実は、モノは余っていて、
つまり「必要のない仕事」をしているんじゃないかな?

そしてこれからもっと、
「余るようになっていく」んじゃないかな?


新しいモノを作るより、いいモノを作り維持する流れにシフトしたとき、
今と同じ量のモノを作ったら、余るよね。

みんなが自己治癒力に気づいてそれを活かすようになったら、
医者も保険も要らなくなるかもね。

ココロの仕事だって、
たくさんの人が自分の魂に気づいて満たされるようになっていったら、
必要とされなくなってくる。


きっと流れとしては、
多くを必要としない流れになっていく。
消費する世界は過去になっていくよ。



私ね、仕事と、消費のバランスが取れないのなんて、当たり前だと思ってるんだ。
今、この社会が成り立っているのは、
必死に消費しているからだよ。
売るほうも、必死に買わせているからだよ。




私はね、
消費に頼る社会って無理があると思うんです。

お金を得るために、仕事を得なければいけない。
仕事を得るために、モノを消費してもらわなきゃいけない。


買わせないといけない、から、
「なかったら困るでしょ」と脅したり(もちろん、やんわりした表現で)。

それに、消費に頼る社会は、
人々に忙しくしててもらわないと困るんです。

「商品」のほとんどって、
「手間を省く」ためのものだよ。
忙しい人のために、
誰かが代わりに働いて、
それをお金にしている。

忙しい社会のほうが物は売れるんです。

考える時間も奪われるしね。
ストレスが多ければ、
モノの消費量も多くなるしね。


今世界にあふれているもののほとんどは、
「なくっても困らない」し、「なくてもいい」し、
「のんびり幸せに生きれば」「必要のない」ものかもしれない。

幸せに生きたら、
必要じゃなくなってしまう仕事って、

いるのかなぁ。なんて思うんだけどね。
(でもみんな、幸せじゃないフリしてるから)



ね。
幸せじゃないフリするの、地球の人はみんな得意だ。笑



でも、でも、でも。
やっぱりさ、私は思うのです。

本当は、みんな、気づいてるんじゃないの??って。

ほんとうは、みんなどこかで気づいていて、
気づかない「フリ」をしているだけなんじゃないかと、やっぱり思うんだ。

焦り、不安。

「自分のやっていることは、本当は無意味かも」
「どんな意味があるんだろう」
「こんなこと、する必要があるんだろうか?」

本当は無価値かもしれない。
そんな恐怖を感じながら。
見えないものに、追い立てられながら。

「でも、やめるわけにはいかない」と、
回し車を回し続けるネズミのように。

しなくていいことを、してるんじゃない?
こんなこと、しなくてもいいんじゃない?

でもそれを認めたら、
今までの自分に意味を失ってしまうから、
怖いとか。

それに気づいてしまったら、
今まで自分が見ていた世界も在り方も変わってしまうから怖いとか。

だから見ないようにしているだけじゃないかな、なんて。




私がこの世界に感じているのは「緊張感」なんです。
何かを、必死で、見ないようにしている気がする。


見ようとしないでいることって、
すごくエネルギーを使うんだよね。
何かを隠そうとしたり、
ごまかそうとしたり、

それって、ぐらつかないように足を踏ん張っているみたいな緊張感になるんです。

この世界って、
ピン、と糸を張っているような、
そういう緊張感があって。

だからつい、
その糸をはじいて「ビヨヨーン」なんてしたくなるんだけど。笑

この世界の緊張感がゆるむだけで、
ものすごく心地いい世界になるだろうね。
たとえ、なにも変わらなくても。



見ちゃえばいいんだよ。
それで自分たちが自分たちの目指すような「すばらしいもの」ではなかったとしても。
人間がただの「バカ」だったとしても。


たとえ、人類のやってきたことがすべて意味を失って、
近代文明も、世紀の発見も、
「なんだ、たいしたことなかったんだ」って気づいたとしても。


それでいいじゃん。





人間、どうでもいい存在じゃーーーん!って気づいても。





それでいいじゃん。




私たちは、何もしなくてもいいのかもしれない。



それでいいんだよ。




 

川は流れようなんて思わなくても流れているし、
太陽は努力せずに昇る。

ただ在るだけで、
存在はなにかで「在る」の。
宇宙なんて、そうしてできているよ。

それが自然なままで在るように在る。





70億人みんなで失業しようよ!

 

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