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佐々木明里FB

新しい学校のカタチ♪

私、不登校歴長くて学校についてはたくさん考えてきたから、
こうなったら良いなってのは結構すでにあるんだよね^^

 

あくまで今の時点での私の一意見ですが、こんなんどうでしょう、ということで。

 

まず、学校という場所について。
「学校」という建物だけが「学校」である必要はまったくないと思うの。
青空学級とかいう言葉あるけど、外が学校でもいい。
面白い知識を持った人、その人の家が学校になったっていい。
学校生活のほとんどが今で言う「課外授業」であってもいいと思うんだ。

「学校」という建物に毎日決まった時間に通い、
机に座った同じ姿勢を何時間もとらされることって、
子供にとって本当に不自然なことだと思うからね。

 

それから、ある程度の年齢になったら(小学校高学年なら十分だと思う)
自分で自分の学びたいものを選べるようになればいい。
興味のある分野のことは、深い専門的な知識でも、どんどん教えたらいいと思う。

 

自宅学習してて気づいたんだけどね、
小学校・中学校の教科書、学校で教えてくれるもののほとんどって、
本当に「上澄み」でしかないんだ。
かなり削られている。
歴史だって、いろんな説があり、いろんな見方があるのに、
そのうちのひとつしか教科書に載ってない。
「意味」が削られて、「音」だけになってる言葉を「覚える」だけだから、
楽しくもないんだろうね。

 

興味のあることはどんどん知りたいものだし、
理解しようともする。で、楽しいよね。

勉強って本来楽しいものだよね。
知識を得るための勉強もね。

 

・・・・・・・・・

 

今ある主要教科だって、面白くなるはずなんだよ。

 

ただ、教科の内容そのものを教えるよりも、
その教科に対する考え方を学んだほうがいいんだと思う。

 

つまり、数学ならば、数学の公式よりも、

「数学」というものをどうとらえるか、
数学は何に使える?どうやって、どこに生かされているもの?というところを教える。

それより先を学びたいと思ったら、そうしたい子供が学べばいいの。

 

あと絶対必要!だと思っているのが、
その教科を本当に「面白い!」「楽しい!」と感じている大人が授業をすること。
ワクワク楽しそうな話は、子どもだって聞きたいよ。
教師みんなができなくても、できる人がインターネットで講義を公開して、
それを受けることが授業のひとつとして認められればいいんじゃないかな。

 

 

★国語。

 

漢字の読み書きまではやっとくと便利かな、とは思うなぁ。
自分で何かを知りたいと思ったときに本を読むのでも、漢字は読めたほうがいいし。
なんだかんだ、まだ手書きで文字を書く機会はあるし。
(でも、最低でも読めれば、書けなくてもいいとも思う)

言葉の成り立ちを知るのは面白い。
日本語がどうやってできているか。
どうやって組み立てられているか。
共通の「ルール」があるから意思疎通ができるんだよね。

 

今の学校でやるような「読解」は、あまり意味がないと思うんだよね。
あれは「書いてあることを文面どおりに受け取り、期待されている答えを導きだす」だけのもの。
「私」の視点を入れちゃいけない読解って、窮屈だなぁと思ってた。
それもないのに「読解」なんて変な話だなぁと思うよ。
理解、というのは「私のなか」で行うものなのに。
そういう「読解」やるくらいなら心理学教えてもらうほうがいい気がするなぁ。

 

作文とか、文章の書き方も、教えてくれたらいいと思うけど、
本当に、どんな自由な発想、自由な解釈もすべて、大人が認めてくれるようになるといいね。
大人の期待する「良い文章」じゃなくてね。

自分の意思を伝え、コミュニケーションすることの喜びや面白さを学べる教科になるといいね。

 

 

★算数(数学)

 

とりあえず日常でもよく使う足し算引き算割り算掛け算は、役には立つかな。
お金の計算にも計算は必要だし。
そういえば掛け算がんばって暗記したけど、確かに九九覚えてると早いよね。
でも一応、同じ数をひたすら足していけば(3×3は3+3+3)同じ答えは出るし、
知っとくと便利、程度に思ってる。

 

数学みたいに、「ひとつの答え」を導き出せるものって、わかりやすくて面白いよね。
解く楽しさが好きな子もいるだろうし。
(あと、関数なんかの、式を表にすると綺麗な形になるのは軽く感動した記憶がある)

 

でも、とりあえず「数学そのもの」より、
身近なところでどんなところに数学が利用されているかとか、
面積体積とか、速さとか、数学の定義や考え方や成り立ちを教えるのでとりあえず十分じゃないかなと思う。

好きな子はどんどん難しいことでも学べたらいいね!

 

 

★理科

理科って、自然や宇宙の現象を理解する試みだよね。
人間の探究心の賜物だわーと思う。
「今、人間は自分たちのいる世界のことをここまで理解していますよ」
っていうのを知る教科だと思うの。

 

自然の中には法則があるんだよ、人間はこんな法則を見つけ出したんだよ。って。
それから、目に見えているものは、目に見えている形のまま存在しているのではないってことを知れる教科でもあると思う。
小さすぎて見えない(原子とか)、大きすぎて見えない(宇宙とか)けど、
これが本当の姿なんだよ。って。

 

目(肉眼)で「見る」以上のものがあるってことを教える教科でもあると思うの。

理科っていうと、たとえば「種子」や「子房」とか、
テストなんかはとにかく名称を覚えなきゃならなかったけど、
人間が勝手につけた名前なだけだし、
その「勝手につけた名前」を覚えることにどんな意味があるんだろう?と不思議だった。

 

名称を覚えるよりも、「自然って、こんな法則で動いているのか!なんて完璧な仕組みなんだろう!」と感動することのほうが、ずっと貴重な学びなのにね。

 

 

それから、理科って面白いな、と思うのは、
意外と「こう考えられている」ってものがまだ多くて、
新しい発見があっただけで今までの考え方がひっくり返っちゃうところ。
探求途中なんだ、って子供にもっと教えてあげて欲しい。
まだわかってないことがたくさんあるんだよ、ワクワクするよね、って、伝えてあげて欲しいんだ。

 

 

★社会

 

歴史は、その当時どんな考え方がされていたか、とか
今の制度はどんな過程を経て作られていったのかを知れる。

 

それから、歴史ってある意味「結果の出ている」事例なんだから、
どうして「こういう結果を出したい」と望んだのにできなかったんだろうか?とか
この当時、この状況下ではこういう行動を起こしたことでこんなことが起こったけど、
たとえば、他の行動は考えられただろうか?と分析することもできるかもね。

 

社会のテストってほとんど暗記だった記憶があるんだけど、
すごく無意味なような気がしてたー。
もっと生かし方学びたかったかなー。

あ、地理はその土地に行ってみるのが一番の勉強だと思うな〜!

 

 

★英語

 

世界中の人とコミュニケーションできるって面白いよね!
スカイプとかもあるんだし、実際に色々な国の子どもと英語で話すってのはどうかなぁ?
もっともっと使うことメインの授業だと楽しいよね。

 

それから、英語で話し、世界中の人とコミュニケーションがとれるようになるということは、
それだけ様々な文化や慣習と触れ合うということ。

日本と世界で「常識」といわれているものがどう違うか、
たとえば宗教、たとえば政治、人とのかかわり、仕事への取り組み方、
そういうものへの見方がどんな風に違っているのか、他の国ではどうとらえられているのかとか、
他の国ではどんな日常を送っているのか、

そういった世界の文化も学べる教科だといいよね。

 

 

 

・・・と、一応5教科も書いてみたけど、
これについては、基本、やりたい子供がやればいいんじゃないかなと思うんだよね。

だって、みんながみんな同じ知識を持てるようにとにかく「覚えさせる」のが今の教育のような気がするけど、 それってものすごくエネルギーのロスだと思うのです。

 

そんな時間もったいないよ!

 

私はわりと「学ぶことそのもの」が楽しかったからいいんだけど、
この5教科より他に、すでに興味の方向が「これ!」って決まっている子なんかはとにかくそれを極めさせればいいと思う。
もう、それについて大人ができることはないのかもしれないね、ってくらい。

 

とにかくとにかく、
もっと「子供が選べる」ような環境であるといい。

 

学校にいると、子供はこんなにも信頼されてないのかって思うんだよ。
「子供だから、自分に必要なものなんて分かるはずがない」
「教えてあげなきゃわからない」
「しつけてあげなきゃ」

で、へたすると「お前は間違っている」って教え込まれる場になるんだよ。
個性を伸ばす、と正反対の場所だよね(笑)

 

んで、実際に無意識下のメッセージで、
多かれ少なかれそういうメッセージを受け取っていると思うんだ。

学校が、「ダメ」を学ぶ場じゃなくて
「イイ(可能性・OK)」を学ぶ場になるといいね。

 

・・・・・・・

 

とまぁ、ここまでは「勉強」について書いたけど、
これ、学校で教えるような時代になって欲しい!と思っているものもいっぱいあるの。

生き方の助けになるようなもの。
これこそ、「みんな知っておいて損はない!」と思うのだけど。

 

たとえば、感情のエネルギーについて。
こんなに基本的な「自分との付き合い方」を、どうして教えてくれないんだろう?と思う。
感情は感じきって解放していけばいいだけなんだって知っているだけで、
ものすごく生きやすくなる。

身体が傷ついたとき手当てをするように、
自分の内側が傷ついたと感じたときは、自分で癒すことができるようになる。

 

「自分は今感じているか?」ってのに意識的でいるってことが、
自分を信頼することにもつながるし。

 

これって、お風呂入って身体洗うのと同じくらい、
日常的な自分へのメンテナンスだよなって思ってる。

 

 

それから!

世の中の全てのものは、自分の内側で起こっているんだよってこと、
それを知っているだけで、自分を理解することがすごく簡単になる。

これを教えてさえもらえば、
それ以上教えてもらわなくても、
自分で自分を発見していくことができるんだよ。
他者とのかかわりの中でも、ずっとずっと多くのことに気づけるようになるよ。

それこそ大きな「学び」だよね。

 

「自分を生きる」ための人生を進んでいくのも、ずっとスムーズになるし。
これは「マスト!」なレベルで必要だと思うー。

ほんのちょっとだけ教えてもらえば十分かもだけどね!

 

あとは〜そうだなぁ、
魂の構造とか〜
原因と結果の法則みたいのも、
教えてくれるような世界になったら面白いなぁ。

 

・・・・・・・・・・・

 

学校ってね、
今よりもっともっと面白い場所にできるんだと思うよ。

 

すでに「学校」という言葉のイメージが「つまんない」ものになっちゃってるかもだけど(笑)

子どもが通いたくてたまらない学校だって、できると思うの。

 

「今日は何をやるんだろう!」
「どんな新しいことを知れるんだろう!」
「どんな発見ができるだろう!」

ワクワクワクワクが、つまった場所。
いろんな自分を試せる場所。

 

ほら、私たち魂は、
いろんなことを経験したくてこの地球にやってきた。
きっと、ワクワクしながら来たんだよ。

 

子どもはもっとそのことを覚えているのかもね。

経験したいんだよ。
自分の身体で。
自分の目を通して見る世界を知りたいの。

 

今の学校の制度では、子どもはただただ「受身」だよね。
外側から与えられたものを、受け取るだけ。
覚えろと言われたものを覚えて、
やるべきといわれたことをやるだけ。

 

外側からぎゅうぎゅうぎゅうぎゅう押し付けられて、
やがて「あるべき姿」にはまろうと、本来大きな自分を小さな型に押し込めようとする。

 

逆だよね!

どんどん広がりたいんだよね!

新しい自分を知りたい!
もっと大きな自分を体験したい!

 

学校というものが、それをサポートするための場所になれたら、
この世界は天国みたいに楽しくなるね♪ヾ(´∀`*)ノ

 

そこからが、地球体験の魅力全開の世界になっていくのかもね♪

 

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