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佐々木明里FB

ある画家のアトリエ

ある画家のアトリエ。


アトリエにある机には、たくさんの道具が雑然と置かれていた。
色とりどりの絵の具、さまざまな大きさの紙、キャンバス、
何本もの筆や、たくさんのスケッチ。
大きな机の上で、画家が筆を走らせている。



その静かなアトリエの中で、
道具たちは、ひそかに自分たちに不満を抱えていた。

しかし、長い間無言を保っていた道具たちも、
やがて沈黙に耐えられなくなってきた。

アトリエの静けさを破って、青い絵の具が声を上げた。

「もう、僕は絵の具でいることが嫌だよ。退屈で仕方がないんだ。
だって自分だけじゃ何もできないんだもの。
誰かが僕を使おうとしてくれない限り、自分じゃ何もできないんだ。
こんな僕に何の意味があるというの?」

一本の絵の具の声を合図にしたかのように、道具たちはざわめきはじめた。

白紙の紙が言った。

「そんなこと言ってるけど、私なんか紙なのよ、紙。
ただ自分の上に絵が描かれていくのを見ているだけ。
寝っ転がって見てるだけよ。
絵の具のあなたみたいに立派な仕事ができたら、っていつもうらやましいの。
自分の無力さにあきれるわ。
自分が紙だ、ってことが嫌で嫌でたまらないのよ。」

近くにいる紙も相づちをうつ。

「そうよ。絵の具なんてまだいいじゃない。
絵を見る人にほめてもらえるでしょう?
私たち紙なんか、誰にも見てもらえないのよ。」
紙たちの言い分に、緑の絵の具が反論する。

「絵がほめられたところで、別にうれしくもなんともないよ。
僕は何をしたわけでもない。
どうせ僕は紙の上に乗った色にすぎない、って悲しくなるばっかりなんだ。」

筆も、ため息をつきながら話し出す。

「君たちなんてまだましじゃないか。
僕なんてただの絵を描く道具だよ。
使われて、それで終わり。大したこと何もできない。
自分が筆だってことが、情けなくてしょうがないよ。」

道具たちのざわめきは、ふくらんでいった。

その間、画家は、絵を描いていた手を止めて、
道具たちが口々に不満を言うのを、ただじっと聞いていた。


道具たちの日々ためてきた不満の声は、なかなかおさまらなかった。


それどころか、なんとか無言でいようとしていた道具たちも我慢できずに話し出し、
ざわめきはどんどん大きくなるばかりだった。



しばらくしてやっと、道具たちは、画家が自分たちを見ているのに気づいた。
さっと静かになるアトリエ。


声を押し殺す道具たちの緊張で、アトリエの空気はぴん、と張りつめている。


すると、画家はふっと笑って言った。


「君たちは、ずいぶん自分には価値がない、と言うんだなぁ。
何かを成し遂げる、とか、何かをする、とか、
そういうことが価値がある、ということじゃないんだよ。
青い絵の具が青い絵の具であること、
紙が紙であること、
筆が筆であることが君たちの価値そのものなんだから。

絵の具があって、紙があって、筆があって、すべてがあって成り立つんだ。

僕は絵を描くのが楽しいよ。
君たちはね、君たちのままでいいんだよ。
いや、君は君のままだからいいんだ。」


アトリエに、画家の穏やかな声が響く。

静かなアトリエの空気に画家の言葉が消えていくと、
アトリエには、静けさが戻った。




どこからともなく、道具たちの小さな声が、
画家の耳に聞こえてきた。



「ねえ、絵を描こうよ。」



ある画家と道具たちのアトリエ。
画家はまた、絵を描き始めた。

 

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