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佐々木明里FB

短い物語2〜種は、自分を知っていく

私と彼は今、庭にいる。

青空の下、たまに吹く風が心地いい。
今日の仕事は、にんじんの種をまくことだ。


種をまくための土の準備が終わり、今は種をまいているところだ。
たった数ミリの、小さなつぶ。


私は、自分の手の上の小さな種を見て言う。


「この小さなつぶがにんじんになるんだから、不思議なもんですねぇ。
この小さなつぶのどこに、にんじんが入ってるんでしょう」

彼は、ひとつぶ、ひとつぶ、
大事そうに、土の中に種を植えている。

「そうだね。本当に不思議なことだ。
この小さな種の中に、すでに『にんじん』の姿は、ある。」

私も種まきを続けながら言う。
「でも、それってどこに『ある』ってことなんでしょう?この『種の中』に?」

彼は答える。
「今、ここに。」

私は手を止め、彼に向かって言う。
「ということは、やっぱり『種の中』に?」

私がそう聞くと、彼は種を植えていた右手を止めた。
そして、左手の手のひらを開いて私に見せる。
私は、彼の手のひらに乗ったにんじんの種を見る。


「いまここにある『種』は、『種』じゃない。
種はすでに『にんじん』なんだ。
また、『にんじん』は、『にんじん』じゃない。
『種』であり、『葉』であり、『花』であり、『根』である。
この『種』の中には、
根を伸ばし、芽を出し、茎を伸ばし、
葉を茂らせ、花をつけ、実をつけ、種をつくる、
その『にんじんであることのすべて』が、内包されているんだ。」


そして、彼は続ける。
「『種』という姿は、流れの中の、一点でしかない。
今は、『種』という姿をとっている。
今は、『種』として、ここに存在している。
でもそれは、一つの大きな流れの中の、
たったひとコマに過ぎないんだ。
今この瞬間、これは『種』でしかない。
しかし同時に、この種は『すべて』を、ここに持っているんだ。」

彼は、種を乗せた左手を閉じる。

彼は、今度は私を見つめて言う。
「あなたもまた、同じだよ。
今ここにいるあなたは、『あなたという流れ』の中の、一点でしかない。
今この瞬間、あなたは、『今のあなた』でしかない。
しかし同時に、今ここにいるあなたは、
『あなたであることのすべて』を、ここに持っているんだ。」

そこまで言うと、彼は私が理解するのをしばらく待ってから、また口を開いた。

「もう一度、『種』の話に戻ろう。
今この『種』は、『自分が種である』ことしか知らない。
今この瞬間、種は、『自分が種である』ことしか知らないんだ。
だが、根を出し、芽を出し、葉をつけ花をつけ、
そうしていくことによって、種は『自分は何であるか』を知るんだ。
今まで『種である』自分しか知らなかった種は、
自分が根を出し、芽を出し、葉をつけたり花をつけたり、
自分が変化していくことに驚くだろう。
でも、その変化は、外にあるものを取り入れることによって起きたものではなく、
もともと自分の内にあったものだ。

あなたは、『種』だよ。
今、あなたは『今ここにいる自分』しか、知らない。
だが、あなたは自分が変化していくことによって、『自分は何であるか』を知る。
今までの自分しか知らなかったあなたは、
自分が変化していくことに驚くだろう。
しかし、その『変化』は、
もともと『あなたの中に』あったものなんだ。」


私は、自分の手のひらを開いて、そこにある種を、じっと見つめてみる。
「うーん。
ってことは、私はつまり何者だってことですか?
今の私がこれから変化していく種であるとしたら、
今の私は一体何者なんでしょう?」

私のその言葉を聞いて、彼はふっと笑った。

「私も、自分が何であるかを知らない。
日々、新しい自分を発見するよ。
自分とは何であるか、それを知る、終わりなき旅の途中だ。」

そして、彼は、また種を植え始めた。

私も作業を再開しながら、彼に言う。
「旅、かぁ・・・。楽しいですね。」

彼も応える。
「ああ、楽しい。」



そうして、私と彼は、「種を植える」という仕事に戻った。
私は、今はまだ見えない「にんじん」を想いながら、
種のひとつぶひとつぶを、土の中に埋めていった。

 

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