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男と女で自由になろうよ!

「女に生まれてよかったことは?」
って、一度は聞かれたり、
考えたりしたことあると思うんです。

でも、この質問そのものが、
不自由さを象徴しているような気がしてならないのですよ。

女は不自由、の暗黙の前提だったりして?笑


小さい頃、ささやかな絶望を感じたりしませんでしたか?
女に生まれたことで、ある程度人生が決まってしまっているような気がして。
すでに、道が敷かれてしまっていることに。
それを歩いていかなければならないことに。


女性には女性の「やらなきゃいけないこと」があって
あぁ、それをやっていかなきゃならないんだ・・・。
心のどこかで、諦めを感じたことはありませんでしたか?



女性でいるからこその喜び。

大人になるにつれて、それを知っていって、
「女に生まれてよかった」と、思えるようになっていっても、

それだけじゃ、いられなくて。
いろんなもの抱えて、頑張らなくちゃいけなくて。

だって今は、人生の選択肢が、半分だもの。
女でいることで。
(男性だって、実はそうですよね。)



上下の世界は、
上と、下と、半分こ。

どちらかかたっぽにしかいられなくて、


役割も
立場も
表現も
コミュニケーションも
生き方も
愛の中の在り方も・・・


しかもやっぱり窮屈じゃない?
男性の機嫌を伺ってばかりの生き方・・・


「こんなこと言ったら、プライドを傷つけちゃうんだろうしなぁ・・」
「あぁ、なんかこれ、求めてたのと違うけど・・・喜んであげないと悲しむだろうなぁ
・・・ 受け取ってあげなきゃなぁ・・・」
「言っていることなんか違うなとは思うけど・・・言っても聞いてくれないだろうな
・・・やめとこう」

この、気づきもしない我慢に、
知らないうちにはまっていたりして。
もしかしたら、今も。


実はこれ、上下の世界観にいるから起こることなんです。
男性が「上」にいて、女性が「下」にいるから起こること。
だからこの我慢も、男女が対等な世界観に抜け出した時に、消えてなくなります。


そう、消えるのです。
そもそも必要がなくなってしまうんです。

対等な世界観に抜け出たとき、男性の態度は一変します。
プライドが傷つく、聞くのを嫌がる、、男性のそういう反応そのものがなくなるのです。



対等の世界観から抜け出たとき、
お互いが自由になります。

どちらか一方しかない、男と女から、
男性・女性を超えて、それも含めた「私」になる瞬間。


女に生まれたからって、男に生まれたからって、
人生が決まらない世界が生まれるよ。
どちらに生まれようと、
自由な人生を歩んでいける世界になるよ。

生まれたときに、
真っ白な白紙の世界に、
魂が新しい絵を描いていける。そんな世界。

(今みたいに、ぬり絵をするんでなくて、ね)

 
「人間に生まれてよかったことは?」


その答えが、多種多様に生まれる世界。
そこでは、まるで違う新しいものがどんどん生まれていく。
ひとりひとりが、片方だけじゃなくて100パーセントを生きれるからこそ生まれてくるものは、
とてもとてもたくさんあるから。


人はみな、
女である、男である、だけではくくれない存在なんだ。




男女のコミュニケーションの中でさえ、だよ。


男性の本質、女性の本質と一般に言われてるものも、
役割を演じるために身につけた努力の結晶だったりする。

男である、女である、という「役割」から離れても、
愛し合うことの喜びが損なわれることなど、なくて。

ううん、むしろ、男女の役割から離れたとき、
本当に想い合うことができるんだ。




お互いに背負っていたものを手放して、自由になったとき、


目の前にいる大切な人の、
「あなたという魂」が、見えてくる。


一人の人間として向き合うということ。
自分も相手も制限することなく。
男女でも、それができる。



「私に生まれてよかったことは?」

それに、心から感動できる世界であるように。


そこで出会った魂と、
笑いあい、見つめあいながら、
まだ見ぬかたちを描いていこう。

※この文章は、佐々木明里(女性)が書いた原稿に
 大垣迅平(男性)が加筆修正する形で書きあげた男女共著の文章です。
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 たくさんの人に、この声が届きますように◎

 

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