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それ、男性は責めてなかったり・・・する?

この記事は、
女性にとっては「え!?男性って、そんなつもりで言ってたの!?」
男性にとっては「そんなつもり、なかったのに!?」
と、お互いびっくりすることになる内容かもしれません。


夫婦の日常の何気ない会話です。

男「ごはんつくってないんだ?今日は外食にする?」
男「靴下ないんだけど、今日はまだ洗濯してないの?」

男性のみなさん、これ、女性にとっては「やってないの?」と
「責められた」と感じることがあるんです。
特につっけんどんに言っているわけではなくても、です。
反射的に「ごめんなさい」と思っちゃったりする。

本来は女性である自分がやらなきゃいけないことだと感じていて、
やるべきことをやっていない、やれていないじぶんに、
もともと罪悪感や後ろめたさを感じていたりするからです。
「責められるのではないか」と、恐れているからです。

男性に「やっていないこと」を指摘された気分になり、


「なに怠けてるんだ。ちゃんとやれよ!」


と、言われているような気になってしまうことがあるのです。




・・・実は、二人の間でこんなことがありました。

男女共著の文章は、
ひとつの記事にお互いが手を入れつつ、書き上げています。
迅平原案→明里修正→迅平再調整→明里最終調整 という感じ(逆もあり)。
(以下、しばらく明里が書きますー)

迅平さんが、とりあえずガガッと書いた原案を上げたのですね。
そしてその次の日、
「編集したよー。そろそろ明里さん、手を入れてくれる?」
とコメントつきで再編集した記事を上げてくれたのですがね。

・・私、その言葉にはじめ「明里さんまだ編集してくれてないの?早くやって」
って言われたのかと思って、ちょっとムカッとしたのです(笑)

なんとなくそのモヤモヤを抱えたまま、数時間後。
「さて、そろそろ編集するかー」と、

ふと、前後のやり取りを読み返してみたんですよね。
そしたら「あれっ?」って思ったんです。

なんか、責めてる感じじゃないかも。
・・・明るい??

と思って、
「早くやってと責められたのかと感じてムカッとしてしまったのだけど、「全然編集できてなかったけど、僕編集したよー。あとよろしくー」くらいの気楽な感じだった?」と聞いてみたんです。

 
そしたら、


「僕がたくさん手を入れてから、
明里さんが手を入れたがほうが楽かなぁなんてね。
だから、先にたくさん手を入れたよ。
明里さん的にも最小限の時間で済むところまでできたと思うから、
「そろそろ明里さん手を入れてくれる?」
このタイミングなら、明里さん、楽なはず。
・・・って感じだった。笑」



・・・という。ね。それどころか愛のある経緯でしたね。笑
(笑えるけど、気づかずにムカッとしたまんまだったかもと思うと、笑えないー)

私の場合は、
「迅平さんのほうが忙しいはずなのに、すぐに編集してくれたんだよなぁ・・・早くやらないと」
という、罪悪感がありました。
だから、相手には責めるつもりもなかったのに、そう感じてしまったのです。
(以上、明里でしたー)


今回のような罪悪感の反応は特に、
「下」にいると思っている時に起こりやすいものです。
(明里は特に、下の感覚が強いのです)
下にいるということは

「自分のほうができていない。ちゃんとやらなきゃ・・・」

という感覚が前提になるということなんです。
特に結婚した女性は

「養ってもらっている・支えてもらっている。大変だろうけど頑張ってくれている・・・」

が前提でスタートなことが多いです。
(男性とは違う形で苦労していたりするのですが…)


そうすると、


「自分は、与えられている、してもらっている側だ。
なのに自分はやるべきことをできてない・・・」


という、負い目や申し訳なさを感じやすいんです。
だから、男性にちょっと指摘されるだけで、
この下の感覚と前提が刺激されて、
責められている気分になってしまうのです。


でも、男性の世界はまったく違うところにあったりします。


「今日ごはんつくってないんだ?外食にする?」
「靴下ないんだけど、今日はまだ洗濯してないの?」


冒頭のこれも・・・


男性にとっては、
「ただ聞いただけ」だったり、します。
責めているわけでもなければ、
ちゃんとやってくれと要求しているわけでもなく
情報を共有しようとしているだけで、
それに基づいて動こうとしているだけだったりするのです。

だから、実はその先に、


「いつもご飯頑張って作ってくれてるし、たまには外食しようか?楽してほしいし◎」


という感謝であったり、


「そうかぁ、忙しいもんね。今日、余裕あるし、洗濯ぐらい、俺やっちゃうよ◎」


なんて気遣いがあることすら、あったりします。

・・・男性の皆さん、伝わらないんですその気持ち。
愛であっても、伝わらないんです・・・
ざんねんながら・・・!


こういうすれ違いは、お互いに気づいてないだけで、
小さく、でも頻繁に起こっていることだと思います。


そしてまた、、、
こうした時、女性の側はグッとこらえてしまいます。

「やるべきことを、やってない」罪悪感があり、
「反論できる立場じゃない」から
(・・・これも「下」の感覚)

で、黙って伝えない。
そうしてちょっとずつ、ちょっとずつ、、、
女性はちいさな「チクッ」「イラッ」「ムカッ」をためていく。
男性は言われないと分からないので、反応しない。
反応されないでいると、女性は「なんで気づかないのよ!」となり、
あるところで我慢できなくなって、感情を爆発させてしまったり。


一方で、男性は女性のそうした態度に驚きます。

男性にとっては、
パートナーの女性が、
ある日いきなり怒り出した、
辛かったといって、泣き出したように見えているから。

・・・そもそも、不満も怒り・悲しみも感じさせているつもりがなかったりしていますしね。
(だからびっくりしちゃう。で、女性がわからない。となってしまったりする。溝は深まるばかりです・・・)



これが、女性が責められていると思い込む仕組みです。
上下の世界観から来るものかもと気づいたのは、私たちも最近です。


「相手はそんなつもりはなかったのに」
「傷つく必要はなかったのに」



上下の世界にいると、
そんなすれ違いがたくさん起こってしまっているようなのです。

お互いに、
「自分のやるべきことを果たさなければ」と
「上」の役割、「下」の役割にはまりこんで、
相手がちゃんと見れなくなるから。
役割というフィルターを通して相手を見てしまう。


前回の記事のように(リンクはこちら)、
男性が上の世界にいるからこそ起こること
(女性の気持ちが聞こえなかったり、受取れなかったり・・・)

今回のように、
女性が下の世界にいるからこそ起こること
(罪悪感があるから「責められた」と感てしまっていたり・・・)



お互いに、余計なものを抱え込んでいるだけ。
それだけかもしれないんです。



男性にとっても女性にとっても、
対等な関係を築くには、
まず、その上下の世界から抜ける必要があります。


女性も、「下」の意識から抜けるということ。
抜けていいんだということです。
抜けたほうが、お互いのコミュニケーションは楽になります。

罪悪感だって、抜けていいんです。
そもそも、罪悪感など、必要ないからです。


上下の世界では、

「私は(あなたは)これをすべき、これをしてくれ」という、
「見えない合意」だけで、コミュニケーションをしようとしてしまいます。
(結婚と同時に、その「合意」が生まれたりしますね)

そして、やるべきことをできていないと感じたとき、
「自分はダメだ」と感じてしまう。
お互いに「助けてほしい」とも言えずにいる。



お互いに、窮屈な世界にいるだけ、だとしたら・・・?



コミュニケーションは、
もしかしたら、もっと楽になるかもしれない。



「なんだ、それでよかったの!?」
「そんなことだと思わなかった!」
「こんな風に感じてたけど、そういうつもりじゃなかったの!?」



対等な世界にいて
私たちがお互いのことを伝え合い、
正直な気持ちをシェアしあってみると、
そんなことばかりなんです。



お互いの本当の気持ちに気づくと、

男性も、女性も、

どちらも、必死に相手を愛そうとしていた。

それだけだったことがわかるのです。



お互いに愛し合おうとしているのに、
どうして上手くいかないのか。

すれ違っているだけなんです。
上下の世界にはまりこんでいるだけなのです。


上下から抜けて、対等な関係を築くことで、
「助け合っていい」という感覚がお互いに生まれます。

その信頼関係の中で、
相手に聞きながら、
自分を伝えながら、
コミュニケーションしていけばいいだけなのです。


お互いの違いを埋めていくには、
会話が必要です。
理解しあおうという思いが必要です。
そのためには、対等であることが必要です。


でも、そうした想いさえあれば、
お互いの溝は、埋めていくことができるのです。

男性と女性は分かりあうことができる。

このことが、多くの人の希望になりますように◎

 

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