書への想い トップページ 書道コンテンツTOP 書家としての佐々木明里

書とのかかわり

書道

書道を始めたのは、7歳のとき。

実は、小さい頃は書道を特別好きだったわけではなくて。実際に何度かやめてもいまして。
でも数ヶ月もすると、また書道をやろうという気になって、また始めて・・・
お手本のある「お習字」は、どこかつまらなかったのかも。

16歳くらいのとき・・・お世話になっていた先生がご病気で亡くなられて、他の先生に習う気にもならず、書道からだいぶ気持ちも離れかけていた頃・・・ 母が「近くの中国茶のお店で、中国書道を教えてくれるみたいだけど、面白そうじゃない?」 と誘ってくれたのがきっかけで、また書道を始めることになりました。 中国書道、どんなだろう?と興味を惹かれて。

そこの店長さんは中国出身で、小さい頃から書道を勉強し極めた方。

中国書法の、まるで違うこと! 筆の使い方から違っていて、10年近く書道をやっていたのに、 漢数字の「一」を書くのにだいぶ苦労したほど。
同じ書道でこんなに違うの!?と目から鱗で。そして、ずっとずっと多彩なんです。 それが自由で面白くって、ワクワクするようになって。

創作書を始めたきっかけ

同じころ、通っていた通信制の高校で書道の授業があり、 「筆を自由に使って書く」という授業がありました。課題は「花のいのち」。
はじめての、お手本なしに書く、という体験。まだ、何も書かれていない半紙。 それを前に「どーやって書いたらいいんだろう?」

バランスをくずしてみようか。 普段はしないような、でっかい点を打ってみたらどうだろう。 ものすごく細い線を入れてみよう。 次は・・・

花のいのち

考えながら書いていたのがいつの間にか無心になり、 一瞬、紙の中に自分が吸い込まれていき、
自然と筆が流れていく・・・一体になったかのようでしたそんな瞬間がありました。
そのとき生まれた作品が、左の「花のいのち」です。これが、私の創作書第一号です。

自分の内側から生まれてくる流れにただ素直になる。 自分の中の形なき何かを、形にしていく。書いているときは「書いている」という感覚がなくなり、海の波に身を任せているような心地よさを感じます。
書く、というより、身体や、心を感じているのです。

私が「呼吸を感じられるような文字を書きたい」と思うのも、 私がそこで、紙の中で呼吸しているからです。
ふわりと「風」を感じてもらえたら・・・そんな思いで、制作しています。

 

文字に、想いをのせて。

創作

販売している書の作品のほとんどは、 ふと頭に浮かんだ言葉や、詩。

たった数行の言葉・・・ それは、ブログやFacebookのように、文章で表現するのではない分、 もしかしたら、ストレートに届くものがあるのかもしれません。

余白や、色や、線で。
私にとっては、その限られたスペースに、ひとつの世界をつくり出している感覚です。

私の心のなにか、 魂のなにかを、 形にすることなのでしょう。
伝えたくて書いているというより、 自分の何かを表現したいという想いが、大きいかも。

忘れられない出会い

メッセージ書

でも、、、 今でもよく、思い出すことがあります。

数年前、大きなフリーマーケットのようなところに出店したとき。
自作の書と和紙のポストカードの中に、大きなスケッチブックも2冊、一緒に並べていました。 スケッチブックの1ページごとに、短いメッセージを筆で書いて。

それを書いていたとき、私は誰かのために書いている気がしていました。受け取ってくれる人がいるんだと、感じていたんです。

たくさんの人が行きかう中、お昼ごろ・・・
一人の方が足を止めて、パラパラとめくり、2冊ともご購入くださいました。
「私、余命が半年なんです」と言って・・・

 

「あぁ、この人のために書いたんだ・・・」
とても感動したのを覚えています。

その人の、残されたあと半年という時間の中に、 その言葉を届けることができたこと・・・
本当にうれしかったし、ちゃんと、誰かに届くんだ。それを確認できたできごとでもあります。

私にとっては、作品を通して「誰かに出会うこと」でもあるんだと、思います。
だから今も作品をつくるときは、 「これを受け取ってくれる誰かのために書くんだ」と、
まだ見ぬ誰かを想いながら書くのです。

その「誰か」と、かすかなつながりを感じる瞬間。まるで、ビンに入れた手紙を、海にそっと流すような。・・・なんて、ちょっとロマンチックでしょ。笑